
厚生労働省が3年ごとにおこなっている「患者調査」の結果(2023年)によると、日本における狭心症の罹患者数は97万8,000人と推定されています。前回(2020年)の調査結果85万6,000人から12万人以上も上回っており、今後のさらなる罹患者数増加が懸念されています。
狭心症は、命にかかわる疾患である急性心筋梗塞へとつながる恐れがあるため、症状に応じて適切な治療を受けることが重要です。治療法には、薬物治療やカテーテル治療などさまざまな選択肢がありますが、重症であると診断された場合は冠動脈バイパス手術が必要となるケースが多くみられます。
本記事では、狭心症がどのような疾患であるかを説明するとともに、最新の狭心症治療のひとつである「オフポンプ冠動脈バイパス手術」について詳しく解説してきます。狭心症の治療方法の選択にお悩みの方やそのご家族の方は、ぜひ最後までお読みください。
目次
狭心症とは

狭心症は、心臓へ運ばれる酸素や栄養の通り道である「冠動脈」が狭くなり、心臓への十分な血流が保たれず胸の圧迫感や痛みを引き起こす疾患です。
冠動脈には右冠動脈と左冠動脈があり、左冠動脈はさらに左前下行枝と左回旋枝に分岐しています。この3本の冠動脈の1本が狭窄した状態を「1枝病変」、2本の場合は「2枝病変」、3本では「3枝病変」と呼ばれ、もっとも重症であると診断されます。
また、どのような場面で症状があらわれるかによって、狭心症は以下の3つのタイプに分類されます。
- 労作性狭心症
運動時や重い荷物を持ったときなど、体に負荷がかかることで起こるタイプです。 高齢者に多いとされています。 - 不安定狭心症
このタイプの狭心症では、労作時以外の安静にしているときにも発作が起こります。 心筋梗塞の前段階でもあるため、早急に適切な治療をおこなう必要があります。 - 異型狭心症(冠攣縮性狭心症)
冠動脈が一時的にけいれんすることで血管が狭窄するタイプの狭心症です。 就寝時などの安静時に発作が起こり、動脈硬化がなくても発症することがあります。
狭心症の原因
狭心症は、冠動脈が狭窄して心臓が虚血(※)状態になることにより発症します。
※虚血=心臓に十分な血流、酸素が供給されない状態
この虚血を引き起こす原因としては、以下の2つが挙げられます。
- 動脈硬化
高血圧をはじめとしたさまざまな要因により、血管が柔軟性を失った状態を動脈硬化といいます。動脈硬化が進行すると血管壁が厚くなり、その結果、血管が狭くなってしまうのです。また、血管内にコレステロールなどが蓄積すると、免疫細胞の作用により「プラーク」というコブのような塊が発生し、血流を妨げるようになります。 - 冠動脈のけいれん
冠動脈がけいれんを起こすと、一時的に血流が妨げられて心臓が虚血状態になります。 異型心筋症のおもな原因であり、プラークによる血管の狭窄がみられないケースがほとんどです。
狭心症の症状
狭心症の症状としていちばんに挙げられるのが、胸を圧迫されるような強い痛みです。一般的にこの痛みは「胸痛」と呼ばれ、息苦しさ・冷や汗・息苦しさなどの症状をともなうことがあります。また、狭心症のタイプによって、胸痛のあらわれるタイミングが異なることが特徴です。
- 労作性狭心症: 早足であるいたり、階段を上ったりしたときや運動時
- 異型狭心症: 安静時や就寝時(特に夜中や明け方)、食事や飲酒の後、喫煙時、寒いとき
狭心症の痛みは、おもに胸の真ん中や左胸の奥の方など胸全体にみられ、その痛みは15分ほど続きます。1分程度の短時間の痛みは狭心症ではないことも多いですが、強い胸痛が30分以上続く場合は心筋梗塞の恐れがあります。救急車要請をするなど、すみやかに医療機関を受診することが重要です。
狭心症と心筋梗塞の違い
狭心症の場合、冠動脈が狭くなっていても血流がいくらかみられますが、心筋梗塞では冠動脈が塞がれてしまい、完全に血流がなくなってしまいます。血管が塞がると酸素や栄養が届かなくなり、その結果、塞がった部位から先の心筋は壊死してしまいます。
壊死した心筋は、再生することがありません。そのため、心筋梗塞は命にかかわる重篤な疾患だとされているのです。これまで、心筋梗塞は狭心症が進行することで発症すると考えられてきましたが、現在では狭心症の既往がなくても心筋梗塞になるケースがあるとわかってきています。
狭心症を発症しやすい人
狭心症を発症する人には、共通したいくつかのリスク要因がみられます。
- 年齢
動脈硬化のリスクが上昇する高齢者のほうが発症のリスクも高い - 性別
一般的に男性のほうが発症しやすいとされるが、閉経後の女性もリスクが高くなる - 高血圧・糖尿病
いずれの疾患も動脈硬化を進行させるため、狭心症を発症しやすくなる - 高コレステロール血症
LDL(悪玉)コレステロール値が高いと、血管内にプラークが蓄積される恐れがある - 家族歴・遺伝
狭心症や心疾患の既往がある家族がいる場合、発症リスクが高くなるとされている 遺伝的な要因がかかわっている可能性もあり - 喫煙
喫煙により血管が収縮するため、動脈硬化が進行しやすい - 食生活
高カロリー・高脂肪・塩分過多の食事は、動脈硬化を進行させる原因となる - 肥満
糖尿病・高コレステロール血症・高血圧など、狭心症の要因となる疾患を発症しやすい - ストレス
慢性的なストレスは、狭心症のリスクを上昇させるといわれている
遺伝的な要因を除けば、生活習慣を見直すことで狭心症の発症リスクを下げることは可能だといえるでしょう。
狭心症の検査・診断方法

狭心症が疑われる場合、必ずおこなわれるのが心電図です。
狭心症を発症している人の心電図には、STとよばれる値が低下した特徴的な波形(ST値低下)が認められます。心電図で測定した結果、正常時よりもST値が低下していることが明らかであれば狭心症であると診断されます。
しかし、労作時狭心症の場合、安静時に心電図で測定をおこなってもST値低下がみられないことがあります。そのような場合は、携帯型の心電計を使用して24時間測定する「ホルター心電図」や、ランニングマシンの上を歩いている状態で測定をする「運動負荷心電図」をおこないます。
これらの心電図でST値低下がみられた場合、狭心症を確定するためにカテーテル検査(冠動脈造影検査)を実施します。この検査では、手首や脚のつけ根からカテーテルとよばれる細い管を挿入し、冠動脈に造影剤を入れてX線で撮影します。血管の狭窄部位や状態を詳細に確認できるため、治療方針を決定するうえでも非常に重要な検査です。
以上のように、狭心症の診断や治療方針は、心電図・カテーテル検査の結果を中心に総合的に検討されます。
狭心症における治療の選択肢

狭心症の治療には、おもに以下の3つの方法が用いられています。
薬物治療
狭心症が軽症である場合は、はじめに投薬による治療がおこなわれます。 なかでも、発作時に舌の下に入れて服用するニトログリセリンは、狭心症の薬として広く認知されています。しかし、ニトログリセリンの効果は一時的であるため、ほかの治療薬と併用されることがほとんどです。 おもに、血管を拡張させるカルシウム拮抗薬や硝酸薬、心臓の収縮を抑制するベータ遮断薬、冠動脈内での血栓形成を予防する抗凝固薬・抗血小板薬などが使用されますが、薬物治療だけで冠動脈の血流量を増やすことはできません。
カテーテル治療
カテーテル検査(冠動脈造影検査)と同じように、手首や脚のつけ根からカテーテルを冠動脈まで挿入し、先端に装着されたバルーンやステント(筒のような形状の網状の金属)を用いて血管を拡張させる治療方法です。なお、カテーテル治療は内科(循環器内科)でおこなわれることが一般的です。
バルーンカテーテルは、狭窄部位で膨らませることにより一時的に血管を拡張させることができます。一方、ステントの場合は折りたたんだ状態で冠静脈に挿入し、狭窄部位で筒状に広げてそのまま留置します。そのため、再狭窄の起こりやすいバルーンよりも治療効果が高いとされていますが、ステント周囲に血栓が生じるリスクがあります。
冠動脈バイパス手術
血管の狭窄した部位を迂回するように新しく血管を造設することで、心臓への血流を回復させる手術です。これまでは、人工心肺装置を使用して一時的に心臓を停止させる「オンポンプ冠動脈バイパス手術」がおこなわれていましたが、現在では心臓を止めずにおこなう「オフポンプ冠動脈バイパス手術」が主流となっています。 冠動脈バイパス手術については、次項で詳しく解説していきます。
狭心症におけるオフポンプ冠動脈バイパス手術について

狭心症が進行し、薬物治療やカテーテル治療での改善が認められないケースでは外科的治療=冠動脈バイパス手術が検討されます。ここでは、現在の主流となっている「オフポンプ冠動脈バイパス手術」に焦点をあてて解説していきます。
冠動脈バイパス手術とは
冠動脈バイパス手術の目的は、新たな血管(バイパス)を造設することで心臓への血流を回復させることです。カテーテル治療には再狭窄のリスクがありますが、冠動脈バイパス手術では確実に血流を改善することができます。
手術では、まず患者さん本人の体からバイパスとなる血管を採取します。この血管は「グラフト」とよばれています。グラフトには、内胸動脈・胃大網動脈・大伏在静脈・橈骨動脈などが使用されますが、どの血管を使用するかは患者さんの状態を踏まえて検討されます。
そして、内胸動脈・胃大網動脈は通常遠位側を切り離し、冠動脈の狭窄した部位の先に穴をあけて吻合します。大伏在静脈・橈骨動脈はクラフトの一方を大動脈につなぎ、もう一方は狭窄した部位の先に穴をあけて吻合することが多いです。これにより、血液はバイパスを経由することになり血流が回復します。
オフポンプ冠動脈バイパス手術とは
オフポンプ冠動脈バイパス手術では人工心肺装置を使用せず、心臓を止めることなく手術をおこないます。
この手術を可能にしているのが、スタビライザーという医療機器です。このスタビライザーを使用することにより、心臓の手術部位だけを固定・静止させて血管の吻合をおこなうことができます。
オンポンプ冠動脈バイパス手術との違い
オフポンプ冠動脈バイパス手術とオンポンプ冠動脈バイパス手術のいちばんの違いは、「人工心肺装置」を使用するか、使用しないかということです。
人工心肺装置は、血液を体外に取り出して循環させることで止めた心臓の役割を果たします。オンポンプ冠動脈バイパス手術では心臓が完全に止まっているため術野も安定し、精度の高い手術をおこなうことが可能ですが、脳梗塞・腎不全・炎症反応などの合併症のリスクがあります。
一方でオフポンプ冠動脈バイパス手術は、人工心肺装置を使用しないため身体的負担が少なく、合併症のリスクを軽減することができます。そのため、高齢者やほかの疾患をもっている患者さんに適応されることが多い術式でもあります。
オフポンプ冠動脈バイパス手術の3つの切開方法
オフポンプ冠動脈バイパス手術には、おもに3つの切開方法があります。
胸骨正中切開
胸の中心を喉から下に向かって25~30cmほど切開し、胸骨を切り開いて開胸器で広げ、心臓を露出させて手術する方法です。3つの方法のなかでは、いちばん古くからおこなわれてきました。
左小開胸(MIDCAB)
肋骨の下を6cmほど切開し、胸骨を切り開くことなくおこなう手術です。
MIDCABは「Minimally Invasive Direct Coronary Artery Bypass grafting 」の略で、低侵襲の冠動脈バイパス手術という意味です。
小さな切開で済むため、胸骨正中切開よりも体への負担が大幅に軽減され、短い入院期間で社会復帰することが可能になりました。手術には高い技術が必要とされ、おもに左前下行枝の1枝病変が適応となります。
オフポンプ冠動脈バイパス手術のメリット・デメリット

オフポンプ冠動脈バイパス手術には、多くのメリットがある一方でデメリットも存在します。
<オフポンプ冠動脈バイパス手術のメリット>
- 人工心肺装置を使用しないため、脳梗塞や腎不全などの合併症リスクが低い
- 炎症反応を抑えることができ、手術による体への負担も少ない
- 術中の出血量が少なく、輸血も不要、または少量で済むことが多い
- 高齢者やほかの疾患をもつ患者さんであっても適応となりやすい
- 術後の回復がオンポンプ冠動脈バイパス手術よりも早い
<オフポンプ冠動脈バイパス手術のデメリット>
- 心臓を止めずにおこなうため、高度な技術が求められる
- 執刀医の経験によって結果に差があらわれやすい
- 手術の状況によっては、途中でオンポンプに変更する可能性がある
総合的にみると、オフポンプ冠動脈バイパス手術のメリットの多くは「低侵襲」であることに関連しており、一方でデメリットは「執刀医の技術力」に依存しているといってもよいでしょう。
オフポンプ冠動脈バイパス手術の適応となるケース

狭心症にはいくつかの治療の選択肢があることをすでに説明してまいりましたが、どの治療方法が適応となるかは、患者さんの全身状態や病変の状況、これまでの経過、心電図・カテーテル検査の結果などを検討したうえで総合的に判断されます。
狭心症でオフポンプ冠動脈バイパス手術が適応となるのは、おもに以下のようなケースです。
- 高齢であり、人工心肺装置による合併症リスクを避けたい
- 脳梗塞や一過性脳虚血発作など、脳血管障害の既往がある
- 腎機能障害がある
- 重篤な動脈硬化がみられる(特に上行大動脈)
- 貧血がある、抗凝固薬を服用しているなど、出血リスクが高い
- 冠動脈の病変が比較的複雑ではなく、心機能が保たれている
一方、弁膜症などほかの心臓手術を同時におこなう際には、オンポンプ冠動脈バイパス手術が適応となります。
オフポンプ冠動脈バイパス手術についてよくある質問

最後に、オフポンプ冠動脈バイパス手術についてよくある質問にお答えしていきます。
オフポンプ冠動脈バイパス手術後の生活で気をつけるべきことは?
オフポンプ心臓バイパス手術後は、以下の点を必ず守るようにしてください。
- 服薬管理を徹底し、自己判断で服薬を中止しない
- 塩分や脂質を抑えた食事や適度な運動を心がける
- 喫煙者は禁煙をする
- 激しい運動は医師の許可がでるまで控える
- 定期通院を欠かさない
胸痛や息切れなど、いつもと違う症状があらわれたら早めに受診するようにしましょう。
オフポンプ冠動脈バイパス手術はリスクの高い手術ですか?
オフポンプ冠動脈バイパス手術は低侵襲で安全性が高いとされていますが、外科的手術である以上、一定のリスクを避けることはできません。しかし、人工心肺装置を使用しないため合併症リスクを抑えられるケースも多く、高齢者やほかの疾患をもつ患者さんにはオンポンプ冠動脈バイパス手術よりも安全性が高いと判断されることがあります。
個々の患者さんの全身状態や病変などにより、リスクも異なってくることを理解しておきましょう。
まとめ

本記事では、狭心症におけるオフポンプ冠動脈バイパス手術について詳しく解説してきました。
狭心症の治療方法には、薬物治療やカテーテル治療など、おもに内科(循環器内科)でおこなわれるものと、外科的治療である冠動脈バイパス手術があります。冠動脈バイパス手術には、オフポンプ冠動脈バイパス手術とオンポンプ冠動脈バイパス手術の2つの方法がありますが、現在では人工心肺装置を使用しないオフポンプ冠動脈バイパス手術が全体の2/3を占め、主流となっています。いちばんのメリットは低侵襲で体への負担が少ないということですが、すべての狭心症の患者さんに適応となるわけではなく、また、執刀する医師にも高い技術が求められます。そのため、もっとも適切な治療方法を選択するためには、正確な診断を受けられる医療機関を受診することが重要です。
「会って話せる医療相談」では、心疾患の診断や治療の経験が豊富な医師が治療方針のご提案や医療機関の紹介をおこなっております。狭心症や心筋梗塞などの虚血性心疾患はもちろん、心臓血管外科・循環器全般のご相談に対応しておりますので、心臓に不安を抱えている方やそのご家族の方はぜひ一度お問い合わせください。

【コラム監修者】
新浪 博士(にいなみ ひろし) 先生
東京女子医科大学 心臓血管外科 教授・講座主任
心臓外科領域を牽引してきた東京女子医科大学附属日本心臓血圧研究所で研鑽を積み、米国・オーストラリアへの留学を経て心臓外科の高度な技術を習得。順天堂大学でも数多くの手術に携わり、虚血性心疾患に対するオフポンプバイパス術や弁膜症の弁形成術、心房細動に対するメイズ手術などの低侵襲治療に積極的に取り組んでいる心臓外科領域の名医である。